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農業と科学 平成20年8月
本号の内容
§硝酸塩あれこれ(2)
元 農業環境技術研究所
越野 正義
§肥効調節型肥料を用いたコムギ不耕起播種栽培
愛知県農業総合試験場 作物研究部 作物G
主任研究員 谷 俊男
§熔成燐肥覆土による水稲育苗箱全量基肥専用肥料「苗箱まかせ」の燐酸成分の補給
宇都宮大学農学部附属農場
高橋 行継
(前 群馬県藤岡地区農業指導センター)
元 農業環境技術研究所
越野 正義
このように硝酸塩は古くから薬,飲料,肉製品(水産製品)の添加物として使われており,とくに有害となることはなかった。しかし情勢が一変し,硝酸が毒物のように大衆が受け取るようになったのは,アメリカ・アイオワ州の医師コムリーが井戸水中の硝酸塩に起因するメトヘモグロビン血症を報告(1945)して以来である。彼は多量の硝酸塩を含有する井戸水を飲んだ乳児のチアノーゼについて2例を報告したのであるが,その際の井戸水の分析値は388および619mgNO3/Lであった(NO3-Nとして89および142mg/Lに相当)。かれはさらに周辺での調査(伝聞なども含めて)に基づいて,「断定的な記述はできないものの,乳児に与える水はNO3-Nとして10mg/L以下,最大としても20mg/L以下と勧告するのが望ましいように思われる。」と結論した。(なおコムリーの患者はメチレンブルーの注射で回復した。)
この報告の影響は大きく,アメリカ,西ヨーロッパ各国で調査が行われ,これまで原因不明のチアノーゼがメトヘモグロビン血症であることが広く知られるようになった。アメリカでは飲料水の基準として硝酸態窒素10mg/L以下と設定され,これはそのまま日本に輸入されて日本の水質基準になった。ヨーロッパでは硝酸イオン(NO3)としての濃度で表示することが多いが,硝酸塩濃度の低い水源を確保するのが困難なことが多く,水質基準としてはやや高くし,NO3-Nとして50と100mg/Lの間で議論された。
当然,このメトヘモグロビン血症については再現試験が注目されるが,3か月以内の乳児にしか発生しないという制約があり,人道的には乳児を直接的な対象とした実験は難しい。ところが実際にはそのような実験が行われていた。Cornblathら(1948)はNO3-Nとして1000mg/Lという驚くべき高濃度の「人工井戸水」を小児科病棟の乳児に与え,メトヘモグロビン水準(全ヘモグロビン中のメトヘモグロビンの比率)を測定した。この値が10%以上となれば,メトヘモグロビン血症が肉眼的に観察できる濃度とされているが,表2にみるように,日投与量が500~700mg/日であってもメトヘモグロビン水準は10%を越えることはなく,乳児には肉眼的な影響はなかった。後遺症も報告されていない。

さらに井戸水中硝酸塩濃度とそれを飲んだ乳児の血液中メトヘモグロビン水準には相関関係は見出せなかったという報告もあった(Donahoe,1949)。
硝酸塩濃度とパラレルな関係がなく,投与試験による再現もできないことから,原因は硝酸塩ではないのでないかと疑問がもたれるようになり,結局は井戸水が微生物により汚染し硝酸が亜硝酸に変化していたことが直接の原因であると指摘されるようになった。コムリーも調査した井戸が衛生的に十分なものでなく,畜舎などの排水の影響があることを認めていた。その後アメリカでは井戸水の建設法,管理法が衛生的見地から厳密になり,それに伴ってメトヘモグロビン血症の発生は激減した。必ずしも硝酸態窒素濃度が下がったわけではないといわれている。
1972年にアメリカ科学アカデミー(NRC)から出版された硝酸塩・亜硝酸塩についての安全性についての報告にも,メトヘモグロビン血症による死亡例はその後,アメリカにはないと書かれている。医師・公衆衛生関係者・住民が教育・指導によって発生原因を理解し,井戸も衛生的に改善された。メトヘモグロビン血症は例え発生しても致死的なものではなくメチレンブルー・アスコルビン酸などの注射で劇的に回復し,その後の影響もみられないことも明らかになった。(メトヘモグロビン血症の症状について,父リロンデルは顔面がペンキをかけたように青くなり一見恐ろしいが,患者は意外に活発で元気にみえると記載している。)
月齢3か月以内の乳児だけに発生することについても議論があり,誕生直後の乳児には胃酸の分泌がないといわれたが,父リロンデルは誕生後24時間以内に胃酸は分泌されてpHは低下することを明らかにし,これが原因ではなく,むしろ胃腸炎などがあった場合を疑っているようである。
メトヘモグロビン血症は西ヨーロッパでも近年における発生はない。東ヨーロッパでもかつては多数の発生があったが現在では激減している。井戸の衛生的な面が改善されたことが大きく,硝酸塩濃度は必ずしも低下したわけではなかった。
フランスではニンジンスープでも発生したことがある。ニンジン500gを水1Lで煮たスープを子供が下痢をしたときに飲ませるとよいと信じられているが,これによるとNO3投与量は7~300mg/日(平均50mg/日)に達している。しかしこの量でも病院では病気は発生せず,発生するのは一部の家庭においてだった。父リロンデルは1971年に研究し,スープ調製後に室温で保存し微生物が増殖したために硝酸が亜硝酸に還元され,これがメトヘモグロビン血症の原因となっていたことを報告した。
亜硝酸がアミン類と反応して,発ガン性のあるニトロソアミンを生成するのでないかとも指摘されてきた。インターネットでも河川の硝酸態窒素濃度と流域のガンに相関があるなどという情報が多数流された。しかしこれらは調査対象が厳密に選定されてないことが多く,対象となるグループを正しく選ぶとほとんどの場合,相関は否定された。詳しいことはリロンデル(2002)の本の付録5に集録されている。
直接発ガン性を否定する実験は日本で行われていた。国立衛生試験所(Maekawa et al.,1982)ではガンを発生しやすい系統のラット(F-344)300頭を使い,雌雄別に飼料中に2.5および5%硝酸ナトリウムを加えて2年間飼育し,実験後すべてのラットを解剖して発ガン性について調べた。発ガン性(睾丸,乳腺,下垂体,腎臓,肝臓,甲状腺,子宮など)は認められず,むしろ造血器官における腫瘍(単核細胞白血病)の発生は硝酸塩の給与で有意に減少した。さらにかれらは亜硝酸ナトリウムを飲水に0.125および0.25%添加して与え,やはり2年間飼育し,解剖した。結論はまったく硝酸ナトリウムの場合と同じで発ガン性は認められず,むしろ単核細胞白血病の発生は抑制された。
図1には試験期間におけるラットの成長曲線を示したが,期間中の累積死亡数をみても硝酸ナトリウム,亜硝酸ナトリウムともに無添加区よりも死亡数が有意に少ないケースもあり,短期の毒性はまったく認められなかった。高濃度区のラットで体重増加が抑制されているが,これは毒性のせいというよりは,高濃度の塩のために食欲が低下したためでないかと推測されている。

WHO(1995)では硝酸・亜硝酸の毒性評価を行い,許容日摂取量(ADI)をNO3については0-3.7mg/kg体重,NO2については0-0.06mg/kg体重,また無影響水準(NOEL)をNO3については500mg/kg(イヌ),NO2については5.4mg/kg(ラット),または6.7mg/kg(ラット)としている。(なお硝酸,亜硝酸とも発ガン性はないと結論されている。)ところが前川先生らの研究結果を用いて計算するとADI,NOELともWHOの数字の5倍でもよいことになる。
ただなぜかWHOの専門家は前川先生らの結果に安全係数500を掛け,強引に現在の数字に合わせた。安全係数は通常は100なので差別的な扱いという非難もある。もっとも前川先生は昔の研究だし,また発ガン性を目的としており毒性評価が目的の研究でなかったからと苦笑いをしていた。(前川先生は佐々木研究所の理事長を勤められ,現在もご健在である。)
ところでWHOではこのADIやNOELの値は野菜に適用するのは不適切であるとも報告している。人間に対する硝酸塩の供給源としては野菜がもっとも多い(硝酸塩の供給源は野菜60~90%,水2~25%)のに,野菜には適用しない硝酸塩の評価にはどのような意味があるのかとリロンデルらは批判している。
発ガン性についてはニトロソアミンが疑われている。しかし亜硝酸を投与しても動物でガンとならないことから,実際にはそれほどニトロソアミンができないか,動物体内で防御反応があるのだろうと考えられている。前川先生らの研究においても亜硝酸塩多量投与の場合,胃内容物中にN-ニトロソジメチルアミンは検出されていたが,ラットのガンはふえることはなかったのである(Maekawa et al.,1982)。
最近,厚生労働省では野菜・果物を食べると胃ガンの発生が減少するという疫学的調査結果を発表した(多目的コホート研究,epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/08/yasai.html)。週に1~2日でも緑色・黄色・緑黄色以外の野菜,あるいは果物を食べる人には胃ガンの発生が少ないという。現在の市場で売られている野菜・果物で胃ガンは減り,増加することはまったくなかったのである。
1992年に有力な科学雑誌Scienceに”NO news is good news”という報告が載った(Culotta and Koshland,1992)。便りのないのはよい便り(No news is good news)をもじってNO(ー酸化窒素)のニュースはよいニュースだというのであり,このガスが細胞間の信号伝達分子、免疫機構の調節,血管平滑筋の弛緩,血小板の凝集の阻害,胃・口内の病原菌の抑制に効果があると報告した。これまで大気汚染物質とされていた一酸化窒素に有用な効果があることにスポットライトが当てられた。これは世界中に大きな驚きと感動を与え、「この年の分子」として賞賛された。元になった業績「内皮細胞における心筋緩和物質としてのー酸化窒素の役割の発見」を挙げたアメリカ人Furchgott,IgnarroおよびMuradの3名には1998年ノーベル生理・医学賞が与えられた。
一酸化窒素の病原菌抑制効果は広範囲の病原菌で試験されるようになり,ピロリ菌の抑制にも効果があることが,兵庫医科大学の長田久美子先生ら(1998)が明らかにした。硝酸を摂取すると口内の微生物によって還元され亜硝酸となるが,この亜硝酸を嚥下すると酸性の胃液で一酸化窒素が発生する。ピロリ菌が抑制されれば胃潰瘍・胃ガンが減少することになる。硝酸を摂取すると胃ガン発生の抑制になることが医学的に証明されようとしているのである。
一酸化窒素の効果は狭心症などの対症療法に使われてきたニトロ剤(ニトログリセリンなど)の薬効発現機構を説明するものともなった。ニトログリセリンは衝撃により爆発し扱いにくい。(フランス映画「恐怖の報酬」にこのニトログリセリンが爆発する印象的なシーンがあった。)ニトログリセリンをケイ藻土に吸収させて安定なダイナマイトを作り巨利を得たのがアルフレッド・ノーベルであるが,彼は弟をニトログリセリンの爆発事故で亡くし,またダイナマイトが戦争目的で使われたことを悩んでおり,遺産でノーベル賞を創設した。かれは晩年狭心症で苦しんだが,医者がニトログリセリンを処方した際に恐ろしい爆薬の名称を処方箋に書くのを怖れ,三ニトログリセリンと書いているとノーベルは友人に笑っていたという。
一酸化窒素の信号伝達物質としての役割は動物に限られたものではない。植物でも病斑部の認識にー酸化窒素が働いているなどの報告が出始めている。これまでは微量でもありあまり測定されなかったガスであるが,今後研究が増加するものと考えられる。
●J. L’ hirondel and J-L. L’ hirondel(2002)
Nitrate and Man:Toxic,Harmful or Beneficial?CAB International.
邦訳 硝酸塩は本当に危険か-崩れた有害仮説と真実.訳者 越野正義.農文協(2006)
●E. Culotta and D.E. Koshland,Jr.(1992)
NO News is Good News. Science,258,1862-1865
●A. Maekawa et al.(1982)
Carcinogenicity Studies of Sodium Nitrite and Sodium Nitrate in F-344 Rats. Food Chem. Toxicol.,20,25-33
愛知県農業総合試験場 作物研究部 作物G
主任研究員 谷 俊男
コムギにおける不耕起V溝播種機を使用する不耕起播種栽培(以下,不耕起栽培)は,ほ場作業が能率よく実施できること,耕起栽培に比べ播種期が2週間程度早くできること等の特徴を持ち,一時は愛知県下で数10ha の現地ほ場で取り組まれてきたが,根域が狭く湿害等で春先に生育低下が生じるため,生産が安定せず普及技術にはなっていない。
一方,2004年8月に愛知県奨励品種に採用されたイワイノダイチは早生品種であるが,茎立ちが遅く凍霜害にあいにくいため,従来の主力品種である農林61号より早い11月中旬に播種できる。イワイノダイチと不耕起栽培を組みあわせれば10月播種が可能であり,大規模農家にとって,播種期間が拡大でき作業分散が可能になること,収穫が梅雨前になるため品質向上が期待できること等,不耕起栽培導入のメリットがあると考えられる。
そこで,不耕起V溝播種機を使用する不耕起栽培において,生育・収量の安定化および早播き栽培により低下することが懸念される子実蛋白質含量の適正化をねらいに,肥効調節型肥料を用いる実用的な不耕起播種栽培技術の確立を目指した。
播種は,愛知県農業総合試験場においてイネ用に開発された不耕起V溝播種機(写真1)を用いた。この播種機は播種前の整地が必須であり,本試験においては愛知県で開発した浅耕鎮圧機による整地を行った。また,排水溝は播種条に滞水するのを避けるため,約25m間隔で播種方向と直交に施工した(写真2)。


供試した肥効調節型肥料の施肥は,播種同時同条施肥機構を有する本播種機による利用率の高い播種同時条施肥(局所施肥)とした。なお,慣行施肥体系は,基肥として速効性肥料を整地前に全層に施用し,1月および3月に追肥を行うものである。
現地ほ場において,シグモイド型30日タイプ被覆尿素のLPS30(以下,S30)とシグモイド型40日タイプ被覆尿素のLPS40(以下,S40)を供試し,慣行施肥体系(以下,慣行)に窒素成分で10a当たり4kg(以下,施肥量は10a当たり窒素成分で表示)増量施肥した。
耕種概要は,品種農林61号,播種11月4日,出穂期4月18日,成熟期6月4日である。
また,S30およびS40を10月25日にほ場に埋設し,約2週間毎に掘り出し,溶出量を調査した。
肥効調節型肥料のS30およびS30:S40を1:1に混合した肥料(以下S30・S40)と速効性肥料の3月追肥を比較した。試験区はS30,S30・S40および速効性肥料を慣行施肥体系(基肥6kg(11/4)+追肥4kg(2/4)+追肥4kg(3/3))に増施した区および3月追肥の速効性肥料をS30およびS30 ・S40に変更した区である。
耕種概要は,品種イワイノダイチ,播種11月4日,出穂期4月18日,成熟期6月4日である。
S30 ・S40を播種条に施肥した10月下旬播種不耕起栽培,実肥施用を行った11月上旬播種耕起栽培およびS30・S40を用いない不耕起栽培を比較した。
施肥体系は不耕起区が基肥6kg+(S30・S40)4kg+追肥2kg(2/3)+追肥2kg(3/3) ,耕起・実肥区およびS30・S40を用いない不耕起・実肥区が基肥6kg+追肥2kg(2/3)+追肥4kg(3/9 (耕起)・3/3(不耕起))+実肥2kg(4/26)である。
耕種概要は,品種イワイノダイチ,不耕起栽培が播種10月25日,出穂期4月15日,成熟期6月7日,耕起栽培が播種11月4日,出穂期4月22日,成熟期6月11日である。
また,農家ほ場2ヶ所で,10月下旬播種不耕起栽培(基肥6kg+(S30・40)4 kg+追肥2kg+追肥2kg)の実証試験を行い,慣行の耕起栽培(基肥6kg+追肥2kg+追肥4kg)と比較した。

肥効調節型肥料の播種同時同条施肥では出芽及び初期生育に対する障害はみられず順調な生育を示した。S30区およびS40区の稈長・穂長は無処理区に比べ長く,穂数は多かった。収量はS30区が464kg/10aと最も多く,蛋白質含量はS40区が10.0%と最も高かった。外観品質はS30区が2.8,S40区が3.2と慣行に比べ劣った(表1)。

供試肥料の溶出パターンは,S30は2月上旬から溶出開始し,5月上旬に溶出率80%に達した。S40は3月中旬から溶出開始し,5月下旬に溶出率70%に達した(図1)。

供試肥料を増施した区での収量はS30区が573kg/10aと最も高く,次いでS30・S40区,速効性区の順であった。蛋白質含量および容積重はS30・S40区が最も高く9.4%, 843g/Lであった。また,3月の速効性肥料による追肥をS30およびS30・S40に置き換えた区においても,同様の傾向を示した。さらに,S30・S40を増施した区は慣行施肥に比べすべての調査項目で統計的に有意な差があった(表2)。なお,外観品質については処理区による差はなく,すべて一等であった(データ省略)。

10月25日播き不耕起区の収量は723kg/10aと極めて高く,実肥・耕起区を上回っており,蛋白質含量は9.4%,容積重は830g/Lとほぼ同等であった。一方,実肥・不耕起区は収量537/10a,蛋白質含量8.5%,容積重は825g/Lで最も低い値であった(図2)。

現地実証試験についても,不耕起栽培の収量は624kg/10aと耕起栽培に比べ明らかに高く,蛋白質含量は8.0%で約1ポイント高かった(図3)。

この不耕起栽培の播種同時同条施肥は,コムギの出芽や初期生育に悪影響を及ぼさず,また,慣行に4kg増施となった農林61号においても倒伏がみられなかったことから,増量施肥しても栽培上の問題はないと考えられた。
供試肥料の溶出量ピーク時が,それぞれ3月上中旬と4月中旬で,S30は穂肥肥効,S40は実肥肥効の溶出パターンであると考えられ,試験1におけるS30は収量に対する効果が大きく,S40は蛋白質含量向上効果が大きい結果となった。一方,S40のみの4kg施肥については外観品質を著しく低下させることから,実用的でないと判断した。
試験2においては,播種同時同条に施用したS30は増収効果が大きく,速効性増施区の434kg/10aに比べ30%増収した。また,3月追肥を行わないS30区の収量は433kg/10aで,窒素施肥量が4kg多い速効性増施とほぼ同等であった。このことから, S30の播種条施肥が生育・収量に与える効果は極めて大きいことが推察された。一方,蛋白質含量,容積重についてはS30・S40の効果が大きく,イワイノダイチの適期播種における蛋白質含量向上方策である速効性肥料の増量追肥を上回った。S30の増収効果は極めて大きいが,蛋白質含量向上の点から,早播きの不耕起栽培にはS30・S40が最も適した肥料であると判断した。また,この肥料効果を発揮させる施肥体系は,チューキーの多重検定結果から,2回の追肥体系であると考えられた。
試験3においては耕起栽培の播種適期より2週間以上早い10月播種を実施した。S30・S40施用の不耕起栽培は実肥施用した耕起栽培とほぼ同等の蛋白質含量であり,この肥料の蛋白質含量向上効果は極めて大きいことが示された。一方,S30・S40を施用せずに3月の追肥増量および実肥を行った不耕起栽培は,同じ施肥体系の耕起栽培に比べ収量・蛋白質含量・容積重とも劣った。つまり,早播き不耕起栽培を安定させるには速効性肥料の施用によりS30・S40が優り,本栽培を成立させるには肥効調節型肥料の播種条施肥が不可欠であることが示唆された。さらに,現地試験においても不耕起栽培は耕起栽培に比べ優れており農家が導入可能な実用的技術であることが実証された。
以上のことから,不耕起V溝播種機を用いて,LPS30:LPS40(1:1)を播種同時同条施用するコムギ不耕起栽培は,高品質安定生産に極めて有効な施肥方法であると結論された。
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農林61号・不耕起直播栽培.農業技術体系 作物4:愛知・和泉営農
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イワイノダイチの蛋白質含量向上のための実用的な施肥法と最適な蛋白質含量.日作紀別2:80-81
宇都宮大学農学部附属農場
高橋 行継
(前 群馬県藤岡地区農業指導センター)
水稲育首箱全量基肥栽培は,本田生育に必要な肥料成分を育苗箱に播種時に全量投入し,本田施肥を省略する技術である。
筆者らはチッソ旭肥料(株)の「苗箱まかせ」を供試した水稲栽培試験を群馬県東部の二毛作地帯で1998年から行っている。この専用肥料には溶出制御技術が十分確立していないことなどの理由で燐酸成分が含まれておらず,NK301タイプには加里成分が含まれているとはいえ,成分比率は窒素成分30%に対して10%と低く抑えられている。このため,これらの不足成分は本田に施用するなど何らかの対策が必要である。
「苗箱まかせ」が普及している地域では燐酸,加里成分は冬期などの農閑期に土壌改良資材として本田施用することによって補うと共に,労力分散を図っている例が多い(高橋・吉田2006a)。しかし,本田での施肥作業が必要であることには変わりがなく,箱全量基肥が目標としている省力施肥技術としてみた場合,まだ完成されているとはいえない部分が残されている。
これを補う技術として,熔成燐肥(以下ようりん)を覆土に用いる技術が紹介されている(熔成燐肥協会 1978)。筆者らによる箱全量基肥の育苗に関する結果は,すでに本誌でも紹介しているが(高橋2007a),その中でようりん覆土技術についても触れ,砂状ようりんが育苗に使用可能であるが,生育がやや劣ることを述べた。
砂状ようりんは中国産の価格が国産の1/3程度と安価であることから,現在国内流通のほとんどを占めている。先の報告でも中国産ようりんを使用したが,中国産のようりんは不純物が多く含まれており,これが苗の生育に悪影響を及ぼしている可能性も指摘されている。このため,今回は砂状ようりんの国産,中国産を覆土に供試したほか,球状ようりんも加え,ようりん覆土に関する2カ年の結果をとりまとめたので,改めて報告する。
試験は2005年と2006年の4月から6月にかけて,群馬県農業技術センター東部地域研究センターの無天蓋網室内で実施した。箱全量区は「苗箱まかせNK301-100」(NPK::30-0-10%,以下301)を供試した。播種は2005年は4月15日,5月20日の2回(以下4月播種,5月播種),2006年は5月播種のみ5月19日に実施した。育苗日数は4月播種が22日,5月播種は30日間とした。播種量(乾籾)は100g/箱,品種はあさひの夢とした。育苗箱内の配置は育苗箱の下層に粒状培土,上層に「苗箱まかせ」とした。4月播種は覆土に国産砂状ようりんと中国産砂状ようりん,「苗箱まかせ」を無施用とした粒状培土のみの区を設定した。5月播種はこの他に球状ようりん(国産)を加え,標準区として覆土に粒状培土を使用した区を設定した。各試験区は4月播種の粒状培土区で反復を設けなかった以外,全て3反復とした。播種後,平置き出芽(山口ら 1991),出芽後はプール育苗(飯塚ら 1978)とした。育苗期間中に草丈,葉齢,葉色を,育苗完了時にはさらに生育むら,マット強度を調査した。
2005年4月播種では国産と中国産の砂状ようりん両区の間に有意な差は認められなかった。しかし,草丈やマット強度などで国産砂状ようりん区は中国産砂状ようりん区をやや下回る傾向にあった。粒状培土区との比較では両区共に出芽状況は劣ったが,播種後22日目の時点では生育に大きな差は認められなかった(表1)。

2005,2006年5月播種の標準区は苗の生育に問題なく,マット強度も十分であった(表2,3)。


砂状ようりんは国産,中国産区共に出芽時に生育障害を受けた個体が多く,生育むらが発生した。生育むらの状況は個々の反復によっては国産砂状ようりん区がむしろ大きい場合もみられた(写真1,2) 。


その後,生育むらは育苗完了時にはかなり回復した(写真3~5)。



草丈は標準区より劣ったが葉齢,葉色に有意な差はなかった。球状ようりんは,出芽時から生育障害が激しく白化苗も多発し,生育むらは最後まで回復しなかった(表2,3および写真6)。

特にマット強度は1.5kgfと大きく低下し,移植作業上でも問題がある強度であった(表3)。
筆者らの過去の検討では,粒状ようりんの覆土ではほとんど出芽しなかった(高橋・吉田2006a)。また,今回新たに2か年検討した球状ようりんも出芽,生育むらが甚だしく,マット強度も低下し,覆土への利用は困難であった。今回はプール育苗で試験を実施しているが,出芽揃いまでプールには入水していない。また,今回の試験ではないが,過年度にスチーム式加温出芽機を利用して出芽を実施した際にも,ようりん覆土は出芽時から培土覆土の苗よりも生育が遅れ,揃いも悪かった事実から判断して,平置き出芽やプール育苗による影響があったとは考えにくい。
砂状ようりんは中国産が現在国内流通のほとんどを占めている。今回検討した限りでは苗の生育に国産との差はなく,むしろ国産品よりやや良好であった。中国産砂状ようりんの成分保証量は国産と同一であるが,アルカリ分は45%であり,国産の50%よりも低い。この差が生育に影響を及ぼしている可能性もあるが,今回の検討ではこの点に関する検討は実施していない。
ようりん覆土は砂状ようりんの利用によって,可能な技術とされている(熔成燐肥協会 1978)。しかし,砂状ようりんを使用しても,出芽時に生育障害が発生し,生育むらが目立った。生育むらは育苗完了時点には小さくなるため,技術的には可能であるが,現場への普及技術として導入するためには問題のある(高橋・吉田 2006b)ことが明らかになった。
以上の結果から,覆土には培土を使用することが望ましいと結論づけられた。燐酸と加里の不足成分の補給方法については,稲わらや堆肥の圃場還元による方法(池田ら 1995)もある。土壌条件にもよるが,その有効性については筆者らも群馬県の館林市の現地圃場で4か年間にわたる検討を行い(高橋 2007b)確認済みである。
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